資産運用の世界では「資産配分で運用成績の9割が決まることが研究で示されている」という話をよく耳にします。
残念ながら、これは誤りです。
本記事では、この話の背景と、実際はどのぐらいなのかを解説します。
始まりは1986年の論文にさかのぼる
事の始まりは、グレイ・ブリンソン、ランドルフ・フッド、ギルバート・ビーボワーが1986年に発表した論文“The Determinants of Portfolio Performance”にさかのぼります。
彼らは、1974~1983年の年金基金の運用成果を、資産配分、タイミング、銘柄選択の3つに分けて分析したところ、リターンの93.6%が資産配分によるものであることを主張したと広く認識されています。
資産配分は、簡単に言えば、株と債券などの資産をどの比率で投資するか、というような部分になります。
銘柄選択は、どの株に投資するか、どの債券に投資するか、というような部分になります。
この話はあまりにも衝撃的で、資産運用業界に激震が走りました。
株や債券などの資産をそれぞれ何%の比率で混ぜるかにしか意味がなく、銘柄選択の上手い/下手が全く意味が無いならば、プロとして雇われている運用担当者の大半はクビになりますからね。
しかし、この論文の内容は誤った形で広がっているようです。
リターンの9割ではない
この元論文の内容をしっかりと見てみると、リターンのボラティリティの93.6%が資産配分によるものであることが示されています。
”リターンの内訳の9割が資産配分によるもの”という意味ではなく、”リターンのばらつきの9割が資産配分によるもの”というのが正確な内容になります。
リターンのばらつきの要因の話をされても、投資家からすると、だから何?という話であり、彼らは、実務家にとっては全く何の役にも立たない事実を確認しただけにすぎないです。
なんでこのようなことになったかというと、おそらくですが、金融で一般に使われている”volatility(ボラティリティ)”ではなく”variation(変動)”という言葉を使用したため、誤って広まったものと思われます。
リターンの変動の9割と言われたら誰だって勘違いしますし、リターンのボラティリティの9割なんてどうでも良いことを分析しているなんて誰も思わないわけですから。
当然ですが、リターンのボラティリティの93.6%を説明できても、長期リターンについては全然説明できないことが後に指摘されています。
この論文以外では、2000年に発表されたロジャー・イボットソンとポール・カプランによる論文“Does Asset Allocation Policy Explain 40%, 90%, or 100% of Performance?”がよく引用されていますが、こちらは実際の年金基金やファンドのリターンが使われて(実際に行われた投資行動の差異の影響が取り除かれないまま)分析されていることが指摘されており、純粋な資産配分の影響を測るのは容易ではないというのがわかります。
実際は、少なくとも9割ではない
実際のところ、リターンの何割ぐらいが資産配分の影響なのかについては、これといった合意があるわけではありません。
ただし、少なくとも、9割が高過ぎるという見解はある程度一致しているようです。
テスラの暴れまわる株価と、コカ・コーラなど安定収益の老舗企業の株価がポートフォリオに与える影響が同じなわけがありませんから、銘柄選択も負けず劣らず重要なのは直感的にわかるでしょう。
学術研究の引用だから正しい、という認識が誤りであるというのはなかなか曲者ですね。
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